牧野良幸のハイレゾ一本釣り! 第24回

第24回:ポール・サイモン(前編)『ポール・サイモン』〜『グレイス・ランド』

〜『ひとりごと』と片思い〜

 

 

アルバム『ひとりごと』のジャケットデザインを思い出色にパロディ…

 

 以前、サイモン&ガーファンクルのハイレゾについて書いたが、嬉しいことにポール・サイモンのソロアルバムもみんなハイレゾになっている。ということで「ハイレゾ一本釣り」でも2回に分けてポール・サイモンを取り上げてみよう。

 さて、ポール・サイモンのソロ作品で一番ポピュラーなのは、たぶん73年のソロ2作目『ひとりごと(There Goes Rhymin’ Simon)』ではあるまいか。

 実は自分でもビックリなのだが、僕がリアルタイムでポール・サイモンのレコードを買ったのは、その前のファースト『ポール・サイモン』だけである。正確には『ひとりごと』からの先行シングル「僕のコダクローム」の45回転EPが最後となるわけであるが、どちらにしても『ひとりごと』は当時買っていない。

 『ひとりごと』は友人から借りて、ミルトン・クレイザーがデザインした素晴らしいジャケットを横目に見ながらも、オープンリールに録音してすました。このアルバムが発売になった73年の洋楽界は傑作のラッシュで、僕に『ひとりごと』を買うことを許さなかったのだ。しかしテープで聴くにつけ『ひとりごと』も傑作だとすぐに分かった。完成度、普遍性ならファースト・アルバム以上だ。

 そして僕は『ひとりごと』を買わなかったことを、もっと悔やむことになる。
 当時僕は高校1年生で、一緒のクラスに気になる女の子がいた。その女の子がS&Gの大ファンだったのである。新学期が始まった時の自己紹介では、クラスでたったひとり「サイモンとガーファンクルが好きです」と言ったのがその女の子だった。さらに「ソロになったポール・サイモンも好きです」と付け加えてみんなを微笑ませた。

 73年当時、高校生にもなって「S&Gを好き」というのは“洋楽初心者”を意味した。だから自己紹介ではみんなツッパったものである。ある男子は「T.レックスを聴いています」とクロウトぶり、ある女子は「ストーンズが好きです」と不良ぶった。僕も負けずに「ビートルズが好きです」と胸を張った。しかしこれではメンツがたたないから「エルトン・ジョンにも注目しています」とカッコつけた。本当はポール・サイモンも好きだったのに!

 でもその女の子はメンツなど気にしない。それが逆に新鮮だった。授業の休憩時間に仲良しの女子と「ポールの新しいLP『ひとりごと』、いいよぉ」とか「〈アメリカの歌〉は最高」とか言っているのが耳に入るにつけ、「ポール・サイモンも好きだと自己紹介しておけば良かった」と後悔したものである。そしたら彼女も気にかけてくれていたかもしれない。そうでなくても『ひとりごと』のLPを買っていれば、どこかで話すきっかけになったかもしれない。

 こうして高校生活はむなしく過ぎていった。その後、進級してもずっとクラスは一緒だったから、教室の向こうからポール・サイモンの話が聞えてくるたびに心が動いた。「ポールのライヴ『ライヴ・サイモン(Paul Simon In Concert: Live Rhymin’)』を買ったのよ」と聞けば、彼女の机の前に駆け寄って「それFMから録音したよ。〈明日に架ける橋〉ってああいう歌い方もあるんだね」…などと、どれだけ話たかったことか。

 結局、高校3年生の年末だったか、勇気を出して彼女に手紙を出したら見事にフラれた。そのせいではないだろうけど、その頃発売のLP『時の流れに(Still Crazy After All These Years)』は聴いてもいない(笑)。かくして僕の3年間にわたる片思いは失恋に終わったのである。

 もし彼女と付き合っていたらポール・サイモンの話を随分しただろうなあ、と妄想は膨らむ。もし付き合いが80年代まで続いていて、世界的に話題になった『グレイスランド(Graceland)』を聴いたら、どんな話をしただろう? そしてもし2016年の今も付き合いが続いていたとしたら、「ポールのハイレゾが出たね」、「じゃ『ひとりごと』からダウンロードだね」、なんてシニア同士で話したかもしれない。

 まあ、これは心の中の独り言である。現実はポール・サイモンを一人で聴く中年男がいるばかりだ。しかしハイレゾならそれも楽しいひと時である。

 

 

■アルバム解説

 

 

Paul Simon(『ポール・サイモン』)

 72年発表のソロデビュー作。僕が生まれて初めて買ったポップスのオリジナルLPがこの『ポール・サイモン』だった。それだけに思い入れは強く、アナログLPの音が刷り込まれている。しかしハイレゾの音は絵に描いたようにクリアで力強い。まず「母と子の絆(Mother and Child Reunion)」のベースから太い。でも一番の聴きどころは、ステファン・グラッペリ(ヴァイオリン)とポールのギターでのインスト「ホーボーズ・ブルース(Hobo’s Blues)」かも。

 

There Goes Rhymin’ Simon(『ひとりごと』)

 エッセイにも書いた73年のセカンド。ハイレゾで聴く「僕のコダクローム(Kodachrome)」は「綺麗だあ」と唸ってしまう音。当時のレコードが庶民的なスマッシュ・ヒットだとしたら、ハイレゾではキャビアのような高級ヒット・チューンになった感じ。「アメリカの歌(American Tune)」は小刻みなバスドラの音も確実になり、ストリングスもコクがあっていい。

 

Still Crazy After All These Years(『時の流れに』) 

 当時は聴かなかったものの、その後中古LPでたしなんだアルバム。ハイレゾの「恋人と別れる50の方法(50 Ways to Leave Your Lover)」はスティーヴ・ガッドのドラムが力強くクリア。アナログがソファーでの男女のムーディー会話としたら、ハイレゾはスポーツクラブでの男女の会話になったみたいな。それにしてもファーストからここまで、アルバム毎にハイレゾの高音質度は増してくる感がある。

 

Graceland(『グレイスランド』)

 ハイレゾ化されている数枚のアルバムを飛ばして、これは86年の作品。アパルトヘイト政策をおこなっていた南アフリカのミュージシャンの参加が問題となったものの、ポールが70年代の輝きを取り戻したかのようにグラミー賞受賞。しかしポールの音楽スタイルは70年代と違って、リズム嗜好が明確になった。ハイレゾはそのリズムを、よりダイナミックに再生してくれる。この傾向はこのあとのアルバムでも続くので、後編をお楽しみに。

 

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【牧野 良幸 プロフィール】

1958年 愛知県岡崎市生まれ。

1980関西大学社会学部卒業。

大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。

近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

 

マッキーjp:牧野良幸公式サイト